心に遊びの余白を
先週の続き。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』 (著)三宅香帆 集英社新書
読み終えました
明治以降現在に至るまで、日本の時代背景と、日本人がどのように本と向き合ってきたのかという点から考察するなど、なかなかユニークな意見が述べられています。
簡単に(雑に)要約すると、現代人は忙しすぎて、読書はノイズになってしまうから敬遠される傾向にあるということ。本を読んでいると、自分の知らないことや予期せぬ内容に遭遇することがあります。私はこれが好きで、知らないことを知識として知り得る喜びがありますし、未知の世界を疑似体験することもできます。
それに対し、インターネットやHow to 本で得られる表面的な情報はノイズのない知識です。簡単なので人々に受け入れられやすく、仕事に役立つコミュニケーション術とか投資戦略方法とか、我々の利益に直結するように見せかけて、ただの薄っぺらい情報で、スマホに触れれば大量に入手できるような情報。このような情報を無料で聞き流しても、自分の血となり肉となるとは到底思えません。・・・と私が思い込んでいるから、ネット情報に触れることに大きな違和感を感じているのだと思います。
◎読書―ノイズ込みの知を得る
◎情報-ノイズ抜きの知を得る
なるほど。
仕事が忙しくて余裕がなくなると、本が読めなくなってしまうのは、ノイズを楽しむための遊びの余白が小さくなっているからなのでしょう。思考の大部分が仕事に占拠されていることに気づきます。
我々人間にとって社会はうるさく、情報過多で、ごちゃごちゃ人も多く、心の平静を保つことはますます難しくなっている現代社会。
だからこそ自分の身の回りだけはキレイにすっきりと整理しておきたいという気持ちになり、断捨離とかときめく片付け術などがヒットしたとか。
その気持ち、すごく分かります。
私は、多くの人で混雑した雑多な街に身を置くことがとてもストレスに感じるので、できるだけ新宿・渋谷には出ないようにしています。
私たちの提唱している肌ルネなども、化粧品というノイズを絶ち、少しでもシンプルに暮らしたいと願う人たちに響いているのだと思います。
これからの時代は、「いかにノイズを減らしていくか」ということがキーになってくると思います。
意識的に整理していかないと、情報の渦に巻き込まれて、人生がぐちゃぐちゃになりそうです。
仕事が忙し過ぎたり、自分の健康に自信がなくなったり、家族の問題対応に追われると、頭の中はノイズだらけになります。人間生きていればそのような苦しい時期もありますので、そのような時こそ心に遊びの余白を確保して、本が読める状態に戻すことを目指したいと思います。