久し振りのご来光です
熱海付近からの日の出です。
大自然に触れると、心に酸味を感じます。高校時代に1年間オレゴン州で暮らした経験があり、360度自然に囲まれた(建物がない!)甘酸っぱい感覚が蘇ります。
毎日自然の中で暮らしている人々にとっては日常の風景でしょうが、コンクリートジャングル東京で暮らす私たちは、時間とお金をかけて自然を求めに出かけます。旅先ではいろんな人が暮らしており、様々な人生があります。その時間の流れを思うと、自分の生きている箱(社会)がいかに小さいかと気づかされ、もっともっと広い視野で生きていたい、、、などと断線しかかっているにも関わらず混線している脳内配線が整理されるような感覚になります。
12月中旬にもなると、目黒川沿いの樹々も落葉が進み、風に舞う落ち葉は人生の終盤に差し掛かった年老いた親を連想させます。
一方、「花金だぁ!」と朝帰りする若者や、ベビーカーに座るお肌ぴかぴかの赤ちゃんには、これからの無限の可能性と輝かしい未来が重なります。
私たちは太古の昔から、命のリレーをしてきたのではないでしょうか。
老いから若きへバトンタッチが脈々と続けられたからこそ、今の私たちが存在します。
現代は寿命が延びたので、400mリレーというより駅伝でしょうか。
しかも、建物、車、電車、信号、人混み、スマホなど障害物が多くて、走るのも容易ではありません
減速するか(仕事を減らす)障害物を減らすか(社会の仕組みをシンプルにする)しないと、息切れして脱落しちゃいそうです。
自分自身の駅伝区間も後半戦に突入したので、次世代にバトンを渡すまでは省エネで走り続けようと思います。
なるべく平坦な道を探し、時にはちょっと坂道を駆け抜けることもありますが、時々休憩をしながら走り続けます。
「生活レベルを落とすことはなかな難しい」とよく言いますが、私には「仕事を減らすことはもっと難しい」と言う方がしっくりきます。仕事を通して自分の存在意義を確認してきた習性が抜けません。仕事が出来ない自分に価値はない、と思い込む節があります。そんな大した仕事はしていませんが、職業人としての人生を全うしながら、リレーを繋いでいこうと思います。